日本語では、温度が変わると
「水」が「お湯」になる
まるで、別のものに
変わったかのように名前が変わる
一方、中国語では
お湯のことを
「熱水(ルーシュイ)」といい
「熱い状態の水」で言う
水はあくまで水
そこに、「熱」という
エネルギーが加わっている、
という考え方

そんなことを前日のブログでも
書いたけれど
これって、単なる
言葉の違いではなくて
どう世界を据えているかって
そういうことですよね⁈
﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏
ヨガ、ピラティスのある暮らしで
10年後の笑顔が溢れますように
からだを丁寧に感じていくと
心が少しずつほぐれて
本来の自分に還る感覚が訪れる
また歩きたくなる
また、人と出会いたくなる
このブログは
更年期真っただ中
54歳インストラクターが
迷いながら生きるあなたへ
小さな気づきと
心とからだにそっと寄り添う
ヒントをお届けします
﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏
vol.2136
日本語では、状態が変わると
「別物」として名前を付ける
中国語では、同じものが
〝どんな状態にあるのか〟に目を向ける
この視点の違いは
そのまま体の見方や考え方に
繋げることができます
西洋的な体の見方では
体はしばしば「精密な機械」
として扱われ
部品(臓器)のどこかが壊れたら
原因を特定し、修理をする
因果関係や機能性など
その物を細かくみて理解しようと
していきます
一方、東洋的な据え方では
体は「流れるもの」「巡るもの」
として見られます
気・血・水、温度や巡り
不調は、故障というよりも
「流れの滞り」や冷えや熱の「偏り」
なんですよね
静止画で切り取るか
動画として見るか
そんな違いにも似ています
中国の人は、季節を問わず
マイボトルに入れた温かい水を
持ち歩くというけれど
これも、体内の流れを
冷やして固めないための
日常的なケアの一つであって…
「お湯」と呼ぶか
「熱い水」と呼ぶか
その小さな違いの奥には
●「モノ」として見るのか
●「状態」や「流れ」として見るのか
という、
大きな視点の差があることに
気づきました!

白湯を飲むとき
タンメンを食べるとき
何気ない日常の中にも
体をどう扱い
どう付き合ってきたのか
それぞれの歴史が生き続けています
さてさて、みなさんは
自分の体を
「修理すべき機械」
として見ている人ですか?
それとも
「整えていく流れ」
と感じている人ですか?
言葉に込められた世界観
言葉は、世界を見る
レンズなんですね~
最後までお付き合いくださり
ありがとうございました
それでは今日も良い1日を…♡
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静かな時間、深い呼吸、小さな一歩
わたしは、
年齢を重ねる中で感じる
体の変化や心の不安、人との距離感を
日々の身体の動きと対話を通して
少しずつ整えていくサポートをしています
激しい運動や、無理な変化を行いません
今の体と気持ちを出発点に
「動ける体」と「関われる安心感」を
育てていきます
ひとりで頑張らなくていい
一緒に整えていく
そんな関わり方を大切にして
pilates and yoga
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